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東京地方裁判所 平成元年(刑わ)1092号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成元年五月一日ころ、東京都墨田区墨田二丁目一番五号のファミリーレストラン「ジョナサン」鐘ヶ淵店において、Aに対して、通話可能度数が一九九八度に不正に改ざんされた日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五〇度のテレホンカード三〇〇枚をその旨を告げて一八〇万円で売り渡し、もって行使の目的をもって変造有価証券を交付した。

第二  同月八日、同都千代田区神田鍛冶町三丁目二番四号第二富士ビル内のテレホンカード等の買取り販売を業とする株式会社富士コイン二階事務所において、同社従業員Bに対して、通話可能度数が一九九八度に不正に改ざんされた日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五〇度のテレホンカード九九七枚を呈示した上、その旨を告げて買い取り方を申込み、もって行使の目的をもって変造有価証券を交付しようとしたが、同人がこれに応じなかったため、その目的を遂げなかった。

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、テレホンカードは刑法にいう有価証券にはあたらないし、また、本件テレホンカードの改ざんは刑法にいう変造行為にあたらないので、被告人は無罪であると主張する。なるほど、テレホンカードのように目に見えない磁気部分が重要な役割を果たす有価証券が広く用いられるようになったのは比較的最近のことであり、未だ裁判例もあまりなく、これに刑法を適用するについては、弁護人も主張するようないくつかの問題点を考える必要がある。そこで、以下、当裁判所が本件について変造有価証券交付罪を認めた理由について補足的に説明を加えることとする。

1 まず、前に掲げた関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。(1)テレホンカードは、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)が設置したカード式公衆電話機の利用料金を支払うための一方法としてNTTが発行している料金前払いのカードでいわゆるプリペイド・カードの一種であって、名刺大の大きさのカードの裏面の磁気部分に利用可能度数等についてのデータが印磁されているものである。(2)利用者がテレホンカードをカード式公衆電話機のカード差し込み口に挿入すると、カードの磁気が電話機によって読みとられ、右利用可能度数が電話機の度数カウンターに赤色表示され、通話中使用された度数分が漸次減少していくのが見られる。(3)テレホンカードが電話機の差し込み口に挿入された時点で、カードの磁気は一旦消磁されるが、通話終了時には、使用された度数分が控除された残度数が再び印磁された上で、カードが利用者に返却される。(4)予めテレホンカードを購入した利用者は、カード式公衆電話機を利用するにあたり、残度数が零になるまで繰り返しこれを使うことによって、硬貨でその都度料金を支払う面倒が省けるシステムになっている。なお、このようなカード式公衆電話機はNTTが設置したもの以外にはない。(5)現在NTTで発行しているテレホンカードは、五〇度数(五〇〇円)、一〇五度数(一〇〇〇円)、三二〇度数(三〇〇〇円)、五四〇度数(五〇〇〇円)の四種類であり、贈答用などとして広く一般に流通し、金券屋などでも売却されたりしているものである。そして、テレホンカードの表面と裏面の両面またはどちらかの面にそのカードがテレホンカードであるということと度数の表示及び表面にパンチ穴を開けることによりおよその残度数を示すための度数カウンターが印刷されており、また裏面の磁気データには、度数情報として発行時の度数及び残度数、発行情報としてエンコード機械番号、発行番号及び発行年月日が入っている。(6)本件各犯行に用いられた各テレホンカード(以下「本件カード」という。)は、いずれも五〇度数のテレホンカードとしてNTTから正規に発行されたものの裏面の磁気部分の磁気データのうち利用可能度数の部分が電話機の内蔵ソフトの最大許容量である一九九八度に不正に改ざんされたものであって、その他の部分は表面の印刷等を含めて一切変更を加えられていず、見たところ改ざんする前の真正なテレホンカードと全く変わりない。(7)本件カードは、これを電話機に挿入すると電話機の度数カウンターが三桁しか表示しないため初め九九八度数が表示されるが、それが零にまで減少した後、再び九九九度数が表示されるという経過をたどることにより、結局一九九八度数分使用できるものである。

2 そこで、以上の事実を前提に検討すると、まず、刑法が定める有価証券偽変造罪等の客体となる有価証券とは、証券に財産上の権利が表示され、その権利の行使にその証券の占有が必要とされるものであると解される。そして、現在発行されているテレホンカードは、前記のとおりそれがカード式公衆電話機を利用できる財産上の権利を表示したものであり、かつその権利を行使するにはこれを占有していることが必要であることは明らかであるから、これが刑法にいう有価証券にあたることは、十分に認めることができる。なお、本件カードの中には「NTT」という記載のないものもいくつかある。しかし、カード式公衆電話機の設置者がNTT以外には存在しない現状では、テレホンカードであることの記載があり、それがテレホンカードであるということが分かりさえすれば、その作成名義人がNTTであることは明らかであるといえる。したがって、この点は、これが有価証券であることを認めるについて、少しも支障となるものではない。

3 次に、刑法上の有価証券偽変造罪等における「変造」とは、真正に作成された有価証券に権限なく変更を加えることをいうものと解される。そして、本件カードは、NTTが作成した利用可能度数五〇度の真正なテレホンカードの一部である磁気部分の磁気データのうちの利用可能度数をその権限がないのに一九九八度に改ざんしたものであるから、変造有価証券にあたることは明らかである。なお、本件カードのうち改ざんされたのは肉眼では見えない磁気部分の利用可能度数部分のみであるので、人を誤信させるような「外観」上の変更が加えられたものではないということを理由に、変造されたものとはいえないのではないかという問題もないではない。しかしながら、この点は結局、「外観」の変更を伴わない改変というものは、旧来の各種有価証券では現実に起こりえなかったものであるため、「変造」という観念になじみにくいだけのことであって、法律上「変造」といえるためには必ず「外観」の変更を伴わなければならないものではないと解する。最近のように目に見えない磁気部分も一体となっている有価証券が作成されるようになってきたうえは、従前は考えられなかった態様の変造行為が出現するのも当然である。そして、テレホンカードの磁気部分の利用可能度数情報は、前記のようにカードの裏面に印磁され、その財産上の権利の大きさを示すものとしてカードの重要不可欠な一部をなすものであり、このように目に見えない部分のみを改ざんすることにより事実上その価値を変えることも、まさに巧妙な変造といえる。のみならず、この部分は、カードを電話機に挿入すれば直ちに電話機の度数カウンターに表示されるので、人は容易にこれを見ることができること、権利の行使をする際にはそれに先立って自然にこの表示を見る仕組みになっていること、印刷部分の度数カウンターに開けられるパンチ穴は、一応の目安を示すのみで、正確な残度数については、電話機に挿入して確認することをテレホンカード自体が予定しているものであること等を合わせ考えれば、この磁気部分の残度数情報もまた、テレホンカードの「外観」の一部をなすものと評価することも可能である。したがって、「外観」を変更することが「変造」に不可欠な要素であると解しても、なお本件カードは、これを変造有価証券であると解することができる。

4 ところで、右のように磁気部分の残度数情報も「外観」の一部であると評価した場合、本件では、これと印刷部分の五〇度数の表示との二つの相矛盾する度数表示が一枚のテレホンカード上になされていることになる。そこでこのようなものは、もはや真正・有効なテレホンカードの外観を有しないものであるから、そのような改ざんは有価証券の毀棄にあたり、変造とはいえないのではないかという別の問題も出てくる。しかしながら、テレホンカードの本来の用法に照らすと、人は印刷してある部分よりもカードを電話機に挿入した際の度数表示の方に重きを置いて判断する方が自然であろう。そこで、たとえばいわゆる金券屋で一九九八度数使用できるテレホンカードであるとして売りに出されているカードを購入したり、あるいは知人から一九九八度数使用できるカードとしてこれを譲り受けたりするような場合に、いちいち印刷してある度数表示まで確かめなかったり、あるいはこれを確かめたとしても、印刷ミス等何らの理由で食い違いがあるものの一九九八度数使用できる有効なカードであるとたやすく信じこむ者もかなりいるであろうことは、容易に想定できることである。そして右のように誤信するものが相当数いることが想定される以上、このような改ざんは、やはり毀棄ではなく変造にあたると解すべきである。

5 次に偽変造有価証券交付罪における「行使の目的」の「行使」とは、その用法に従って真正なものとして使用することと解される。そして、テレホンカードの場合には、これをカード式公衆電話機のカード差し込み口に挿入して使用することこそ、まさにその本来の用法に従った使用に外ならないところ、被告人が本件カードの譲受人又はその転得者において右のような使用をすることを予期していたことは明らかであるので、行使の目的があったことは十分認めることができる。もっとも、この点については「行使」とは詐欺罪などと同列に人の判断作用を誤らせるという要素を含む行為をいうものであるとして、人に対する使用に限定されるべきで、機械に対する使用を含まないとの異論がありうるところである。しかし、刑法が有価証券偽変造の罪を規定しているのは、経済的に通貨に類似する機能を有する有価証券に対する人々の信頼と、ひいては有価証券制度そのものに対する社会的な信用を手厚く保護することが主眼であり、特定の有価証券を取得した個人のその有価証券に対する個別的な信用自体を直接保護することに重きを置くものではないと解される。そして、本件のような変造テレホンカードがいわゆる金券屋等の一般市場に出廻り、それが電話機に対して使用されたことが一般に広く知れ渡るようになれば、テレホンカードというものに対する一般人の信頼感が失われ、ひいてはテレホンカードのシステムが円滑に機能しなくなるおそれもあることは明らかである。したがって、本件カードを真正なものとして人に譲渡することはもちろん、機械に挿入して使用することもまた刑法にいう「行使」にあたるものといえる。なお、たとえば印刷部分が全くなく度数情報及び発行情報に関する磁気が印磁されたのみの白紙のカードであっても、電話機を不正に利用できる点では同じであるが、このようなカードは、一般人をして真正なテレホンカードと誤信させるに足る外観を具備するものではないから、これを不正に作成するなどしても、有価証券偽造罪等にはならない(このような場合に私電磁的記録不正作出罪等の成立の余地のあることはもちろんである。なお、右不正作出罪等が立法されたことにより、従前の解釈では有価証券偽変造罪等にあたるものまでがすべてそちらの方に取り込まれてしまうと解するのが不当であることは言うまでもない。)。すなわち、右のようなカードは、もはや機械を誤作動させるための単なる「道具」にすぎないものというべきであり、このようなカードの不正作成や使用の事実が発覚しても一般人に使用されている有価証券としてのテレホンカードそのものに対する人々の信頼が直接損なわれるものではないのである。この場合、機械にとっては何の意味もなく、電話機を不正に使用することについては何の差異も生じない部分であるにもかかわらず、テレホンカードとしての外観のあり方によって有価証券偽変造罪等が成立するかどうかが決められることは、先に述べた刑法が有価証券を手厚く保護している趣旨に照らすと、決しておかしいことではない。

のみならず、本件においては、被告人は本件カードを大量にいわゆる金券屋や暴力団員に持ち込んで利ざやを稼ごうとしたものであり、その際、これを事情が分かっている一部特定の者の間でのみ使用するようにとの話をするようなことはしていない。このような犯行の態様に照らすと、被告人は、公判廷においては否認しているものの、本件カードを交付するにあたり、これが先行き不正に改ざんされたカードであることを前提としたうえでなければ人手に渡ることはないと考えていたわけではなく、少なくともその流通の末端においては、広く一般の人々に対して一九九八度数使用できる真正なテレホンカードであるとして譲渡する者があるであろうことを予期していたことは十分認定することができる。そして、一般の人々のなかには、本件カードを見てこれが一九九八度数使用できる真正なテレホンカードであると誤信して譲受ける者もかなりあるであろうことは前記のとおりである。したがって、機械に対する「行使」ということはひとまずおくとしても、被告人において、将来転得者がこれを真正なものとして流通させることにより、人に対しても「行使」することがあるだろうことを予期していたことは明らかである。

以上に述べたような理由により、当裁判所は、被告人の本件各犯行は変造有価証券交付罪及び同未遂罪にあたると解することに何ら問題はないと考える。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は各変造有価証券毎にいずれも刑法一六三条一項に、判示第二の所為は各変造有価証券毎にいずれも同法一六三条二項、一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の各変造有価証券の交付及び判示第二の各変造有価証券の交付未遂はいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として、判示第一の罪については犯情の最も重い発行番号二三四〇〇四〇二四九二八の変造テレホンカードの交付罪の刑で、判示第二については犯情の最も重い発行番号二〇〇四四〇五七七八三三の変造テレホンカードの交付未遂罪の刑でそれぞれ処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が知人から話を持ちかけられ、日本電信電話株式会社の発行にかかる五〇度数のテレホンカードの磁気部分の利用可能度数情報が一九九八度数に不正に改ざんされたものを一枚約四〇〇〇円で入手した上、一度は三〇〇枚(起訴されていない部分を含めると四〇〇枚)をその情を明かして知り合いの暴力団員に売却し、二度目は九九七枚(改ざんされていない三枚を含めると一〇〇〇枚)を同様にしていわゆる金券屋に売却しようとしたが未遂に終わったという事案であるが、犯行の動機は、単なる遊興費目当てであって何ら酌量の余地はなく、また、テレホンカードは、公衆電話機を利用するのに通貨に代わる簡便な料金支払い手段として現在広く一般に利用されているものであるが、起訴されている分だけでも二回に分けて計一二九七枚にも及び大量の変造テレホンカードを売却しようとした被告人の行為は、このようなテレホンカードに対する人々の信頼を害し、そのシステムに重大な影響を及ぼすことはもとより、さらに、今後益々利用が広まると予想されるプリペイド・カード一般に対する社会の信頼をも害し、ひいては経済秩序全体を混乱させかねないものであって、その犯情は非常に悪質なものといわざるをえない。

しかしながら、他方、本件二件の犯行のうち一件は未遂に終わり、また、もう一件も、転得者が金券屋に持ち込んだ段階で発覚した結果幸いにも世間に広く流通するに至らなかったこと、被告人は若年であり、これまでに前科、前歴がなく、本件犯行に及んだことについても深い反省の情を示していることなど、被告人に有利な情状もある。

そこで、これら諸般の事情をすべて総合勘案した上、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官島田仁郎 裁判官川口政明 裁判官阿部浩巳)

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